08/21/2013

もうひとつの「2001年9月26日」

前々日の西武戦、松坂投手から放った
中村選手の劇的なサヨナラ2ランで
優勝へのマジックを1とした大阪近鉄
バファローズ。

中一日を空けたこの日の大阪ドームは、
早朝からいつもと違う空気に包まれて
いました。






「徹夜組が、ドームをぐるっと
一周していましたからねぇ」

そう語るのは㈱大阪シティドームの
山下課長。

当時、山下課長は近鉄球団から球場
運営業務を受託していた近鉄興業㈱
の一員。入場券販売の担当者として、
ファンの皆さんと同様に前日から
大阪ドームに泊り込んでこの日の
朝を迎えていました。

列の人数を常に把握して、「これ以上
並んでも当日券はお買い求めいただけ
ません」の案内を出すタイミングを
球団と相談しながら決めるのが、
山下課長の最初の業務。

記録を見ると、朝6時10分には外野
自由席入場券をお求めの列に対して
「これ以上並んでもお買い求め
いだだけません」のアナウンスを
流しています。

そして、午前9時40分には一般販売分の
当日券はすべて売り止め。いや、正確
には、並び止めとなりました。

ほどなくJR主要駅には「チケット売り
切れ」の看板が立ちます。

今さらではありますが、2001年9月26日
は水曜日。午後6時開始のナイトゲーム
です。

午後2時、入場券の販売開始。

午後3時37分、開門。

ドームを取り巻いた列は、一気にドームの
中へと吸い込まれ、ライト下段席は5分で、
1塁側下段の自由席は10分強で、それぞれ
満席となりました。

当然のように満員の観客で膨れ上がった
大阪ドーム。

そのスタンドを目にして、山下課長を
はじめとするスタッフの胸中は近鉄の
優勝を願いつつも、少し複雑だった
そうです。

「今日、優勝したらエラいことに
ならへんやろか・・・」

恐れていたのは、川へのダイブでした。

大阪ドームの近くを流れる尻無川と
木津川は、水量も流れの速さも道頓堀
とは比べ物になりません。

そこに興奮したファンが飛び込んだり
したら・・・

優勝時には最大級の人数のガードマンを
近隣の橋に配置し、万全の体制を取る
ことにはなっていましたが、それで心配が
なくなるというものではありません
でした。

試合はご存知の通り、3回に3点を挙げて
逆転したオリックスが、リードを3点と
広げて最終回を迎えます。

「残念やけど、今日の優勝は無理かな」

その言葉とは裏腹に少し安堵の色を顔に
浮かべながら、スタッフは大観衆の
スムーズな退場を促すべくガードマンに
誘導の配置につくよう指示を出しました。

そこで飛び出したのが北川選手の
「代打逆転サヨナラ満塁優勝決定
ホームラン」でした。





グラウンドもスタンドも興奮の
坩堝(るつぼ)。

一方、ファンの皆さんや選手たちは
知る由もないことなのですが、
ドームの運営本部も大騒ぎです。

「岩松橋へ応援〇〇名」

「岩崎橋へ応援〇〇名」

日報には、大急ぎで出された指示が
走り書きとなって残されています。

その甲斐があったのか、ファンの皆さんが
大人だったのかはわかりませんが、
その日、川へのダイブはゼロ。

すべてのファンがドーム周辺から姿を
消した午後11時過ぎ、無事故の報告と
ともに山下課長をはじめとするスタッフ
たちはようやく優勝の喜びを味わいつつ、
長い一日の終わりを実感しました。



さて、その「2001年9月26日」の興奮が
今週の金曜日、京セラDに甦ります!

「LEGEND OF Bs2013」として開催される
大阪近鉄復刻3連戦の初日となる8月23日。

その試合前の特別企画がこちら!!




「LEGEND OF Bs」特別企画

~あの戦いを再び 12年越しの対決~
「北川博敏 vs 大久保勝信」


1打席の真剣対決。


但し、今回は二人が立場を変えて、
投手・北川博敏、打者・大久保勝信
となっての対戦です。

人づてに聞いた話ですが、打者大久保
選手は、並々ならぬ闘志でもって、
打つ気満々だそうです。


歴史を再現するのは北川投手なのか、
大久保選手なのか?

いや、いったいどういう結末だったら
歴史の再現と言えるのか??

いろんな意味で興味の尽きない今回の
対決、くわしくはこちらをご覧ください。


ってことで、

大阪近鉄復刻まであと2日!!